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東京地方裁判所 昭和53年(行ウ)36号 判決 1978年10月26日

原告

林武

外五名

右原告ら訴訟代理人

楠本安雄

斎藤浩二

被告

東京都知事美濃部亮吉

右指定代理人

金岡昭

伊東健次

主文

原告らの本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

一地方自治法二四二条の二の定める住民訴訟は、普通地方公共団体の執行機関又は職員による同法二四二条一項所定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実について、住民に対しその予防又は是正を裁判所に請求する権能を与え、もつて地方財務行政の適正な運営を確保することを目的としたものである。したがつて、住民訴訟の対象となりうるのは、専ら当該地方公共団体の財務会計の分野に属する事務処理のみに限られるのであつて、それ以外の非財務的な一般行政上の事務処理についてまでこれを対象とするものでないことはいうまでもない。このことを同法二四二条一項の定める財産の管理若しくは処分又はその管理を怠る事実(以下、「財産の管理等」という。)についていえば、地方公共団体の執行機関又は職員の行為(不作為を含む。)が違法な財産の管理等として住民訴訟の対象となりうるためには、それが当該財産の財産的価値そのものの維持、保全又は実現のためにそれを直接の目的としてされる行為でなければならないのであつて、その他の非財産的目的のためにする行為は、たとえそれが何らかの形で右財産の財産的価値に影響を及ぼすことがあるものであるとしても、これを財産の管理等に当たるとして住民訴訟の対象とすることはできないというべきである。

二そこで、以上の見地から、まず、原告らが第一次的及び第二次的請求においてその取消し又は無効確認を求める本件都市計画決定及び建築許可処分が住民訴訟の対象となりうるかどうかについて考えるに、原告らは、右決定及び許可処分がされたことにより、必然的に日比谷公園の隣接地に三棟の超高層建物が実現する結果、同公園について著しい日照等の環境被害が生じ、同公園の利用価値、快適性又はその敷地等の財産的価値が減少することとなるのであり、また、従来同公園の享受しえた日照等の利益を右各建物の建築主に占取させることともなるのであるから、右決定及び許可処分は同公園又はその敷地等の財産を処分又は管理する行為に当たる旨主張する。

しかしながら、本件都市計画決定は都市計画法上の地域地区のひとつである特定街区を定めるものであるが、都市計画は、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保し、土地の合理的な利用を図るという理念のもとに(都市計画法二条参照)、都市の健全な発展と秩序ある整備を図るための土地利用、都市施設の整備及び市街地開発事業に関し都道府県知事又は市町村が定める計画であつて(同法四条一項、一五条一項参照)、かかる都市計画を決定する行為は、当該地方公共団体の財産の財産的価値の維持、保全又は実現を目的とする財務的処理とは全く関係のない都市計画法により委ねられた行政上の権限の行使にほかならない。また、本件建築許可処分は建築基準法(昭和五一年法律第八三号による改正前のもの)五二条三項及び五六条三項に基づく特定行政庁による許可を指すものと解されるが、それは、一定の要件のもとに特定行政庁が交通上、安全上、防火上及び衛生上支障がないと認めた建築物につき、その許可の範囲内において延べ面積の敷地面積に対する割合及び高さに関する同法の基準を緩和する措置であつて、右許可もまた当該地方公共団体の財産の財産的価値の維持、保全又は実現という見地から行われる行為でないことは明らかである。

このように、被告がした右決定及び許可処分は、それ自体としては非財務的な目的及び性格をもつ都市計画行政又は建築行政の一環をなす行為であり、仮に、その結果として、日比谷公園又はその敷地等の財産につき原告らが主張するような事態が生ずるとしても、それは右各行為の本来的、直接的な効果ではないのであるから、先に述べたところにより、右各行為をもつて被告が財産の処分又は管理に当たる行為をしたものとみる余地はないというべきである。

そうすると、本件都市計画決定及び建築許可処分が財産の処分又は管理に当たるとしてその取消し又は無効確認を求める原告らの第一次的及び第二次的請求にかかる訴えは、いずれもその余の点について判断するまでもなく不適法な訴えといわざるをえない。

三次に、原告らの第三次的請求にかかる訴えについて検討する。

原告らは、被告が別紙目録一ないし三記載の各建物の建築の排除を請求せず、本件都市計画決定及び建築許可処分をしたことが、日比谷公園又はその敷地等の財産の管理を怠つたことになるとして、その違法であることの確認を求めるのであるが、その趣旨は要するに、被告が右各建物の建築を抑制することなく、かえつてこれを容認する右決定及び許可処分をしたこと自体の違法確認を求めるものにほかならないと解される。しかしながら、被告が右決定及び許可処分をすることは、前示のとおり、当該地方公共団体の財産の管理そのものとは直接関係のない行為であり、右各行為をしたことを財産管理の懈怠としてとらえて住民訴訟の対象とすることができないことはいうまでもない。したがつて、右怠る事実の違法確認を求める原告らの訴えは不適法である。

また、原告らは、被告が都市計画法二一条一項により本件都市計画の取消し又は変更をしないことの違法確認を求める。しかしながら、都市計画法二一条一項は、都市計画決定後の社会的、経済的事情の変化などに応じて当該都市計画を変更すべき必要が生じた場合に、都道府県知事又は市町村がこれを変更(廃止を含むと解される。)しなければならないこととしているものであつて、右規定に基づく都市計画の変更(廃止)は、前記都市計画の決定と同様、財産の管理を直接の目的とする行為ではない。したがつて、被告が右の変更(廃止)をしないことは、財産の管理を怠つていることに当たらないから、住民訴訟の対象となりえず、その違法確認を求める原告らの訴えも不適法というほかない。

四以上のとおりであつて、原告らの本件訴えはいずれも不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(佐藤繁 中根勝士 佐藤久夫)

別紙<省略>

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